2017年7月21日金曜日

お城とは!?  その3

SLと全く関係のない話が続いています!

もう期末も終わって夏休みですw

ひさめも、遊び始めてますw



さて前回は、2つある「よくあるお城についての勘違い」のうち

じつは、石垣や天守閣があるお城の方が珍しい」というお話でした
   
もうひとつは、お城というのは

1つのお城だけで守るものじゃない」です

 
  
高い石垣や深い堀、いくつものやぐらや壮大な天守閣

入り組んだ通路に、複雑に配置された二の丸や三の丸

どんなに、さまざまな工夫や造形で難攻不落を誇っても

1つのお城だけが突出してても意味がないんです


基本的に、防衛戦や籠城というものは

拠点間の相互支援や、よそから援護・援軍があるから成り立ちます

こっちが攻められてる間に、後ろや脇から攻めたり、

退路や補給路を断つ

そういう防衛方法です

前回も書きましたが、お城や砦は

1市町村あたり、大抵3つ4つ以上はあります

そんな「支城網」といわれるように、

大小さまざまな城や砦で連携して、地域や領地を守っているんです

大きな寺や神社も、防衛拠点として機能していました

点でなく、面を押さえるってやつですね



ですので

1つや2つの城や砦しか持たない小領主ならまだしも

いわゆる大名とかで、その居城(本拠地の城)まで攻め込まれたら

もうほとんど負けなんです

文字通り「最後の砦」だからといって、

その城がどんなに難攻不落でも、もう詰んでる状態なんです

去年の大河ドラマの舞台にもなった

大坂の両陣なんかは、分かりやすい例ですね

(ちなみに、当時は大阪でなく大坂です)


ちょっと専門用語になりますが

天守閣の「石落とし」や「狭間」なんていうのは

特に無駄な装備なんですね

(石落としや狭間などは、こちらのサイトが分かりやすいです)


「ここから、石を落として防ぐんですね~」

なんてテレビとかで紹介されますが

攻撃する方も、本丸や天守閣まで攻め込んだら

それ以上無理に攻めません

ゲームじゃないんだから、無駄に命捨てるバカはいません

遠くから火を放てばいいだけですし、

余裕があれば、2、3日包囲すれば、餓えて抵抗もなくなります

そもそも、お城を落とすのは、内部崩壊や内通者を出すのがセオリーなんです

手ぐすね引いて待ち構えてるところに、

何の策もなく力攻めなんて、物語やゲームの中だけの話です




お城の芸術的な意味での建築造形と

軍事拠点として進化した建築造形

これは明確に分けないと、こういう勘違いが生まれてしまいます

そしてテレビや観光地で、

まことしやかに、それを案内しているという悪循環にw

お城の守りが優れているかどうかは

個々の構造ではなく、いかに有効な場所に配置してるか

そして優秀な人材を配置しているか

この2点です

「この城のつくりは難攻不落だね!」なんて言ってる人がいたら

歴史をかじり始めの、初心者の人と思ってくださって結構ですw



夏休みにどこか遊びに行った際、

ちょっとお城を見かけたら、こんな目線で見ると

また味わい深いかもしれません

ただし、以前も書きましたが、夏場の史跡巡りはお勧めしません!

(やっと終わった…w)


2017年7月12日水曜日

お城とは!?  その2

前回は、お城の目的について書きました

今回は、建築造形や軍事拠点としてのお話です

そこ、さっそく居眠りしない! 期末に出ますよ!w



テレビやネットのお城紹介で

堀や石垣、二の丸や三の丸の配置

門や道順、やぐらや天守閣を

「こういう防衛目的だから、こんな形してるんです」

という紹介があると思います

これはこれで、間違いではないんですけども

このおかげで、ふたつの大きな勘違いが起きてしまってます



まず1つ目として

「石垣や天守閣があるのは、ごく一時期の一部のお城だけ」

なんです

前回書いたように、時代の流れでお城は進化しています

今見る石垣や天守閣のお城が最初に出てきたのは

諸説ありますが、まあ1570年代です

その後、江戸時代になって平和になり、

軍事拠点としてお城は「進化」しなくなりました


授業で習って覚えている人も多いと思いますが

江戸時代になりたての、1615年に発布された「武家諸法度(ぶけしょはっと)」で

お城の新築や改築、増築は禁じられました

同じく同年に発布された「一国一城令(いっこくいちじょうれい)」では、

大名の居城(本拠地)以外の

支城や砦などをすべて破棄することになりました

幕府としたら、諸勢力の余計な軍事力を削りたかったわけですね


とまあ、そういうわけで、

石垣や天守閣があるような、今の形状のお城は

この1570年代から1615年までの

およそ40年の間だけの技法なんですね

それ以前の、石器時代の環濠集落とかから

千年以上続く、お城の形態から見れば

ほんのわずかな期間に作られた、お城の最終形態なんです

「なんだ40年もあるじゃない、結構作れるでしょ」 と思っちゃいけませんw

現在の重機や設計技術を使ってすら

あの地震で半壊した熊本城の「天守閣だけの再建」に3年

城全体の再建に20年を見積もっています

もちろん、とんでもない資金も必要です

そう簡単に着手できる事業じゃなかったんです



お城や砦は、草木に埋もれてしまったものも含めれば

1市町村あたり大抵3つ4つ以上はあります
 
天守閣が無かったり、石垣づくりでないお城の方が圧倒的に多いんです
 
むしろ、土を掘って土塁として、水堀でなく空堀で
 
真っ白な漆喰の壁ややぐらでなく、板張りの壁ややぐら
  
天守閣みたいな高層建物はなく、平屋の屋形
  
そんな地味で、壮麗や雄々しさとはかけ離れたのが
 
「よくある普通のお城」 だったんですw 

 武田信玄、上杉謙信、毛利元就

ここらへんのお城はみんなそうです

織田信長、徳川家康、伊達政宗なんかも

前半生は、そんな土と木の平屋のお城でした

ちなみに今やってる大河ドラマは、その過渡期の時代ですから

出てくるお城の変化を見て、時代考証するのも楽しいかもしれませんw

(ネタバレですが、主人公は1582年没です)



…そして、まとめきれなかったため

2つ目は、まさかの「その3」に続きますw



2017年7月9日日曜日

お城とは!?  その1

ここ数日、たまたま異口同音で

お城の話題で、同じような勘違いをされてた人がいたので

ちょっと詳しく書こうかなと思いました☆

そうです! 恒例の、SLとは全く関係ないブログです



当たり前ですが、お城は最初から

今よく見かけるような形じゃありません

時代とともに、目的や形状は変化しています

そもそも、「軍事拠点」と思われがちですが、

基本的には「家」なんです

普通の家でも、防犯のために塀がありますよね

1人2人のドロボウ避けならば、今みたいな塀でOK

10人、20人の盗賊ならば、堀でも作って防犯

100人、200人の軍勢なら、土で高く周りを囲ってより防ぎやすいように

…と、それがエスカレートして

規模も大きくして、石垣だの水堀だので堅固になって

何万もの軍勢にも耐えられる形になったのが、今のお城です

 「家」であり、それを守るために見張りや武器も備えた「軍事拠点」にもなり

近辺の有力者だから「行政の役所」も兼ねるようになったわけです



ここで面白いのが、日本と海外ではお城の目的が

実はちょっと違うんですよね

具体的に書くと、すごい専門用語と文量になってしまうので

ザックリと言いますがw



全部とはいいませんが、海外のほとんどの地域は

お城は「町ごと」守る目的なんです

ヨーロッパや中国などの古い町並みは、

よく、城壁に囲まれてるイメージありませんか?

日本は例外はありますが、基本的には

その有力者や領主の「家」や、居住空間を守るだけです

なんでそういう違いが生まれたかは諸説ありますが、

ひさめ個人としては、日本は山だらけで

それほど大きな「町や都市」が生まれなかったこと

そして、わざわざ莫大な資金と労力をかけて

町を囲うほどの強大な「敵」がいなかったこと

ここら辺が理由じゃないかなと思ってます



その2は、建築造形や軍事拠点としての、お城のお話です

夏休み前の期末試験に出ますから、よく覚えておくように!w