2017年7月12日水曜日

お城とは!?  その2

前回は、お城の目的について書きました

今回は、建築造形や軍事拠点としてのお話です

そこ、さっそく居眠りしない! 期末に出ますよ!w



テレビやネットのお城紹介で

堀や石垣、二の丸や三の丸の配置

門や道順、やぐらや天守閣を

「こういう防衛目的だから、こんな形してるんです」

という紹介があると思います

これはこれで、間違いではないんですけども

このおかげで、ふたつの大きな勘違いが起きてしまってます



まず1つ目として

「石垣や天守閣があるのは、ごく一時期の一部のお城だけ」

なんです

前回書いたように、時代の流れでお城は進化しています

今見る石垣や天守閣のお城が最初に出てきたのは

諸説ありますが、まあ1570年代です

その後、江戸時代になって平和になり、

軍事拠点としてお城は「進化」しなくなりました


授業で習って覚えている人も多いと思いますが

江戸時代になりたての、1615年に発布された「武家諸法度(ぶけしょはっと)」で

お城の新築や改築、増築は禁じられました

同じく同年に発布された「一国一城令(いっこくいちじょうれい)」では、

大名の居城(本拠地)以外の

支城や砦などをすべて破棄することになりました

幕府としたら、諸勢力の余計な軍事力を削りたかったわけですね


とまあ、そういうわけで、

石垣や天守閣があるような、今の形状のお城は

この1570年代から1615年までの

およそ40年の間だけの技法なんですね

それ以前の、石器時代の環濠集落とかから

千年以上続く、お城の形態から見れば

ほんのわずかな期間に作られた、お城の最終形態なんです

「なんだ40年もあるじゃない、結構作れるでしょ」 と思っちゃいけませんw

現在の重機や設計技術を使ってすら

あの地震で半壊した熊本城の「天守閣だけの再建」に3年

城全体の再建に20年を見積もっています

もちろん、とんでもない資金も必要です

そう簡単に着手できる事業じゃなかったんです



お城や砦は、草木に埋もれてしまったものも含めれば

1市町村あたり大抵3つ4つ以上はあります
 
天守閣が無かったり、石垣づくりでないお城の方が圧倒的に多いんです
 
むしろ、土を掘って土塁として、水堀でなく空堀で
 
真っ白な漆喰の壁ややぐらでなく、板張りの壁ややぐら
  
天守閣みたいな高層建物はなく、平屋の屋形
  
そんな地味で、壮麗や雄々しさとはかけ離れたのが
 
「よくある普通のお城」 だったんですw 

 武田信玄、上杉謙信、毛利元就

ここらへんのお城はみんなそうです

織田信長、徳川家康、伊達政宗なんかも

前半生は、そんな土と木の平屋のお城でした

ちなみに今やってる大河ドラマは、その過渡期の時代ですから

出てくるお城の変化を見て、時代考証するのも楽しいかもしれませんw

(ネタバレですが、主人公は1582年没です)



…そして、まとめきれなかったため

2つ目は、まさかの「その3」に続きますw



0 件のコメント:

コメントを投稿